生田萬の墓碑 / いくたよろずのぼひ

国学者・生田万(いくたよろず)は、柏崎で塾を開き学問を講じていました。
天保8年2月、天保の大飢饉が厳しい中、大坂で大塩平八郎の乱が起こり、幕府や諸藩に大きな衝撃を与えました。

同年6月、その波紋として生田万の乱が起こりました。
凶作に苦しむ町民を救うため同士6人で柏崎陣屋を襲いましたが敗れ、海岸で自害し妻と2児も捕らえられ自決しました。
翌日から米価は下がり、襲撃は成功しなかったが、目的は達せられ人々は餓死を免れたといわれています。

現在、ふるさと人物館近く柏崎小学校の脇に墓碑があります。

所在地新潟県柏崎市学校町1642-1

※当サイトに掲載している情報の一部は旅ナビ柏崎より引用しています。
※掲載情報の修正につきましては(一社)柏崎観光協会へご連絡ください。

  • 浪花屋 夕凪亭
  • メトロポリタン松島
  • 原酒造
  • 日本海フィッシャーマンズケープ
  • 西山ゆうぎ